オラ無駄堂

「ほぼ発達障害」脳を乗りこなす日々

ほぼ発達障害、だそうな

      2018/07/05

ほぼ、発達障害

「ほぼ、発達障害ですね」

カウンセラー氏は、IQテストの結果を見せながらそのようにぼくに告げた。
ああ、やはりそうだったか、という安堵感のようなものがこみあげる。

幽霊に囲まれる日々

脱サラして、治療院を営む自営業者になって、自分がじつにコントロールしづらい生き物であることを、あらためて知った。

例えば、日々の売り上げを銀行に入金しに行くこと。ただそれだけのことが、なかなかできない。数日分溜まったあとにようやく片付ける、みたいなリズムから脱却できないのである。今にもとりかかるべき課題はそこここにあるのに、先送りにしたことさえろくに自覚のないままに、先送りする。手がつけられない。未消化のタスクという声なき幽霊が、自分のまわりに群れをなしているような感じ。忙しくない筈のときでさえ、その群れの除霊に努めることができない。

生きているだけで、大仕事なのである。

治療の仕事自体は好きなので、お陰様で、じわじわと仕事そのものは軌道に乗って行った。しかし、その分空き時間が減ると、日々のタスクはこれまで以上に先送りにされる。忙しいんだからしかたない、というわけだ。声なき幽霊どもが自分のまわりにひしめいて、窒息寸前の気分。

幽霊を消す方法はシンプルだ。ひとつひとつ、行動するだけでいい。だけどそのシンプルな方法をとることが、ぼくにはまったく容易ではなかったのだ。シンプルだが、イージーではなかった。一種のパニック状態のまま暮らしていたようなものだ。

ソロ活動で知る「行動できなさ」

学校生活や会社員生活は、友人や同僚の助けや様々なルールのおかげで、自分の行動力の無さをそこまでの問題に思わずに済んでいたのだろう。だが、個人事業はそうはいかない。どこかにある「抜け」は、他ならぬ自分が何とかしない限り、「抜け」のままなのである。

このままではマズイ、と種々の本を読み調べた結果、どうも流行りの(?)発達障害の疑いが濃厚である。メンタルクリニックを受診して、WAIS-IIIなるIQテストを受けた結果、カウンセラー氏からいただいた言葉が、冒頭の「ほぼ、発達障害」である。

検査数値的には発達障害と診断のくだるラインのギリギリ手前だが、現実的には発達障害者とほぼ同じような困難を抱えている。それを指しての「ほぼ」である。

それなりのショックはあるが、これまで自分の意思の弱さ、根性の無さによるもの、と思っていたことが、具体的にステップを踏んで付き合うべき問題である、と解ったことは、福音でもあった。

ということで

このブログは「ほぼ発達障害者」であるぼくが、いかにしてままならぬ「じぶん」を乗りこなそうとしているかの覚え書きである。たまたまこのサイトにたどり着いた方にとって、何らかわずかでも、お役に立てれば、幸いである。

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