オラ無駄堂

「ほぼ発達障害」脳を乗りこなす日々

【心】[hack編] 意馬心猿と距離を取れ!「エヴァンゲリオン・マインドフルネス瞑想」

   

思うようにならぬ我が身

動けるときは、衝動的。

動けないときは、指一本動かすのも難儀。

似たタイプの発達障害傾向のある方にはお分かりいただけると思うんですが。

待ち合わせの時間があるというのに、家を出る前に、別にいま必要のないものがどこにあるのか気になって、もう出なくてはならないというデッドラインを超える頃まで探しものをしたりする「あれ」とか。

理屈でどう考えても今その作業をやるのがベストなのに、天井を見る以上の労力を使うことが何もできなくなる「あれ」とか。

動いてほしい時に動かず。ほどほどにしてほしい時に止まらず。
いっときはそんな自分に嫌気がさして、ほんとうに自己嫌悪にとらわれました。

世界を救うくらいの気概でようやく歯が磨けるフレンズ

「断固たる意思を持てば、ものごとは行動に移せる」……そう思っていた時期がぼくにもありました。いかにしてモチベーションを絞り出し、抽象的で崇高な目的、具体的で手近な目標を設定し、芯から納得すれば動ける、と。

いや。無理。無理でしたよ。

『7つの習慣』も、アファメーションも、メンタルバンクも、ぼくを動かしてくれませんでした。

世界を救う、くらいの気概で、ようやく歯が磨けるかどうか。

「ぼくが毎日銀行に売り上げを入金しに行くことで、バタフライエフェクト的な何かがあって世界のどこかで飢えて死ぬ人が減る。だからマメに銀行に入金しに行こう」とリアルに思っても、毎日入金しにいく、ということを日課にできませんでした(これを日課にするためのハックはまた後日)。

気合や根性である程度以上動けるタイプのフレンズには、絶対に理解してもらえませんけれど。

その割に、衝動的にとても面倒くさい案件(例:ウェブサイト構築)などをごく短期間に片付けてしまったりすることがあるので、余計に「やる気なく、悪意があってサボってる」と思われるわけです。

これはエヴァンゲリオンだな、という気づき

動いてほしい時に動かず。ほどほどにしてほしい時に止まらず。

まさにその通りのものをぼくは知っていました。
そう、エヴァンゲリオンです。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 特装版 [DVD]

ロボットアニメ史上、あそこまで乗り手・組織の思うままにならないロボットがあったでしょうか。ぼくは寡聞にして知りません(エヴァ以降には増えた気がしますが)。

動いたと思ったら、即暴走。
動かないとみんな死んじゃうよ、という時にピクリとも動かず。
さすがに動いたか、と思ったら、やっぱり暴走……。

深いシンパシーを感じます。
エヴァの中にいて思うように操縦できないチルドレンや、その挙動に振り回されるネルフ職員の面々に。そして何より、暴走か止まるかばかりのエヴァンゲリオンに。

実践、エヴァンゲリオン・マインドフルネス瞑想

システマやマインドフルネス瞑想等々をかじったおかげで、以前よりは自分の感情と距離を取れるようになってきたのですが、前節のように、「自分ってエヴァンゲリオンみたいだな」と気付いたので、もう、

「肉体・感情・思考としてのぼくは、エヴァンゲリオンみたいなもんである」

……とみなすことにしました。距離を置いてそれを意識している自分が、そこに乗っているパイロット、といった感じです。いわば、「エヴァンゲリオン・マインドフルネス瞑想」。

大事なのは、肉体のみならず、いっときの感情や余計な思念まで含めて、エヴァンゲリオン側の問題とみなすことです。理解を得られぬ悲しみも、理不尽に対する怒りも、エヴァが勝手にやっていることです。

仏教には意馬心猿という言葉があり、昔の人はうまいこと言うなあと思ったもんですが、まあ、これと同じイメージです。

いばしんえん【意馬心猿】

〘仏〙 妄念や煩悩ぼんのうが激しく、心の乱れが抑えられないのを、奔馬や野猿が騒ぐのを抑えがたいさまにたとえた語。 三省堂大辞林 第三版

まず大事なのは暴走しているなー、ないしは、動かないなーということを、特にプラスにもマイナスにも評価せずに眺めるような「認識」です。

暴走している自分を止めるライフハック、動かない自分を動かすライフハック、いずれも、まずは先にその「認識」がないと、「ほぼ発」であるぼくには、機能しませんでした。

動けなくていちいち自責に陥ってしまう方、いちいち感情のままに目先の作業にのめり込みすぎてしまう方は、まずこのように考えてみるのも手としてはありではないかと思います。

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